鞍馬子竜


作品タイトル「追想の走」
登場艦娘:矢矧・翔鶴
司令官名:木村進少将(海兵四〇期 第一〇戦隊司令官)


 今度こそ、もう二度と。
 私の前で誰かを喪うところは見たくない。


「はっ、はっ……」
 まだ朝日が顔を覗かせる前の海沿いを、黙々と走る一人の少女。ひとたび朝日が差せばキューティクルが眩く輝くであろう長い黒髪をポニーテールにまとめ、実用一辺倒のジャージに身を包んだその少女は、しかし眼光鋭く海沿いをひた走っていた。その眼に宿る熱量は同世代の女性のそれを遥かに凌駕し、耐性のない者がその眼をひとたび覗き込めば瞬く間に魅了されるであろう……それほどまでに、その少女は美しかった。
「はあっ、はあ……」
 しかし、そんなことを全く意に介さず少女は走る。
 彼女にとって、自分の見た目など何の意味も持たないから。大事なのは、自分が何を為すのか。そして、そのために何をすべきか。そうして自分を鍛え上げるために、彼女は今こうして走っている。
 黙々と、淡々と。誰も見ていないというのに、苦しい表情ひとつ見せずに。

 やがて、朝日が昇り。朝の日差しに黒髪を輝かせながら走っていた少女は、ここでようやく足を止めた。
「ふう……」
 かなり長時間走っていたにも関わらず、ほとんど息が切れていない。疲れたから足を止めたわけではなかった。
 彼女が向けた視線の先――そこには、仲良く会話する二人の女性の姿があった。

「翔鶴、大鳳」
 まず、少女が二人に近づきながら声をかけ、
「矢矧さん、おはようございます」
 二人のうちの一人――翔鶴が、彼女――矢矧の名を呼んだ。
「ええ、おはよう」
「矢矧、今朝も走っていたの?」
 今度は大鳳が矢矧に問う。見れば分かるようなものだが、大鳳の目には矢矧を非難するような色があった。
「そうね。これは日課だから」