高坂流


作品タイトル「八月の空に」
登場艦娘:潮
司令官名:戸塚道太郎中将(海兵三八期 横須賀鎮守府司令長官)


 朕深ク世界ノ大勢ト……トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ收拾セムト……ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク……
 朕ハ……ヲシテ……米英支蘇四國ニ……其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ……
 ……帝國臣民ノ……ヲ圖リ……樂ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ……朕ノ拳々措カサル所曩ニ米英二……セル所以モ……帝國ノ自存ト東亞ノ安定トヲ……ニ出テ他国ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス
 然ルニ交戦已ニ四歳ヲ……ノ勇戦朕カ百僚……精朕カ一億衆……最善ヲ盡セルニ拘ラス
 戦局必スシモ好転セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス……敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ……無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所眞ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ……セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ
 斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ……ニ謝セムヤ是レ朕カ帝国政府ヲシテ共同宣言ニ應セシムルニ至レル所以ナリ
 朕ハ帝国ト共ニ終始東亞ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ……意ヲ表セサルヲ得ス帝国臣民ニシ……陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ……裂ク且戦傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ……朕ノ深ク……スル所ナリ
 惟フニ今後帝國ノ受クヘキ苦難ハ……尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル然レトモ朕ハ時運ノ……所堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス
 朕ハ……ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ……シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ……滋クシ或ハ同胞……互ニ時局ヲ……爲ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム宜シク挙国一家子孫相傳ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ總力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ……
 ……クシ誓テ……華ヲ……シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克ク朕カ……セヨ

「あ、あの……長門、さん」
 潮がおずおずと口を開くが、長門は黙したまま何も語らない。いや、何も語ることができない、という方が正しいだろうか。涙はもう枯れ果てて、瞳は真っ赤になっている。
 聞こえてきた放送は、何を語っているのかも分からなかった。けれどその声が陛下の声であることは不思議と理解できた。いや、理解せざるを得なかったのかもしれない。淡々とした語り口調の御言葉に滲む、悔恨に満ちたかのような声は何を語られているのかが分からなくとも、その言わんとすることは足りた。
 耐え難きを耐え、忍び難きを忍び――。
「……わたしは、わたしたちは、これから」
 潮の声が震える。怒号も枯れ果てた。これから何をすべきか、彼女たちには全く見当がつかない。それでも、言葉にしなければどうにもやりきれなかった。
「どうしたら、いいんですか……」
 何度目かも分からない自分自身への問いかけ。しかし、まごうことなき本心でもある。それは、彼女たち艦娘に限ったものではない。この内地も、そして海の彼方にある島嶼も、そして大陸も、広い海の上も、皆、生きている大日本帝国に国籍を持つ存在は果たして如何にすべきか。そのあり方が、まさしく問われようとしていた。